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DO!ときがねウォーカーPRESS創刊

do 首都圏ローカルで地元に根ざして長らく不動産を扱って来ると、こんな事を思うようになる。

①他都道府県や他の市町村に住む方々に、取引の事前に当地の魅力を詳細に伝えたい!

②当地で暮らし始めた方々に、ここへ引っ越してきて良かったと思える暮らし方を指南してあげたい!

③地元で暮らす方々に、当地での暮らしの魅力を再発見していただきたい!

そんな想いから、この「DO!ときがねウォーカー」プロジェクトが始まった。地元の生活情報を携帯電話のメールマガジンとして毎日1回配信し、地元の商店への来店誘導を図ったり、イベントや観光スポットを紹介する。こうした情報を日々PCサイトに蓄積して行く。そして、その活動を広く地元新聞に折込む(2月から8ページものの地域新聞になる)。このスパイラル効果で、「いつまでも暮らしていたい街づくりの一助になりたい」なんて思うのである。ご当地だから味わえるコアなメディアを作りたい。

明日、1月1日その折込版(PRESS)がいよいよ創刊する。

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千産千消

tohu01tohu02スーパーへ行くと千葉産のお正月野菜がたくさん並んでいた。『千産千消』・・・地元で採れたモノを地元で消費しようという「地産地消」を千葉県の千の字にモジってよく使われる言葉である。野菜や魚介だけではない。昔ながらの豆腐作りにこだわり、最高級の国産大豆と大島のにがりを使っているこんな豆腐屋があったりする。

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成東・冬の風物

ichigo 夜、成東の田園地帯を車で走っていると、不思議なモノを見つけることが出来る。

街灯も無く真っ暗なところにぼんやりと薄明かり。この正体はハウス栽培のイチゴである。ハウスの中で夜中電気をともしているのが、そこかしこで見られ、幻想的な風物詩となっている。昼間に物件を見に来る方々にはあまり知られていない。

成東のイチゴはいよいよシーズンを控え準備が加速していく。

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小湊で忘年会

kominato 仕事が終わった者から順に南房総へ向けて車を走らせる。

2005年の仕事もこれで終わり。東金から車で九十九里へ、九十九里から波乗り有料道路を南へ。海岸線伝いに一の宮・大東・大原・勝浦、そして小湊のホテルへ。

夜はここでささやかな忘年会。翌朝は窓からの爽快な眺め。

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八街の落花生

__3 千葉県は落花生の産地としても有名である。全国の70%にあたる年間収穫量19,700tを千葉県で供給しているという。中でも本場は八街。八街という所は、昔から灌漑施設に乏しく米作に向いていない。また、強風の吹くときは町が黄色くなってしまうくらい土埃が舞う地域もあった。葉物の野菜の栽培にも適さなかったため、今でもスイカ・サツマイモ・人参などの栽培が主流。

その中でも落花生栽培が適していたということらしい。ところでこの落花生、地上で黄色い花が咲き、やがてその花が地中に潜って実るという独特な植物だが、南京豆等の呼び名通り、どうやら中国伝来のもののようだ。

 歴史を紐解くと、明治初期に牧野万右衛門という人物が南郷村(現在の成東町南郷)で試作したところから、栽培農家が急増し、広く千葉県下に広がって行ったという。八街に落花生が導入されたのは明治29年ごろで、文違区、住野区で栽培されたのに始まると言われる。その後、農家などの献身的な努力により、落花生栽培は明治末期から急速に発展し、大正初期には特産地となった。
 昭和24年には耕作面積が全耕地の約80%を占め、日本一の生産を誇った。この頃から「八街の落花生」が全国に知られるようになったらしい。また、昭和28年には、全農家中、落花生栽培戸数は95%を占めるほどの発展だった。
 現在、八街の落花生の収穫量は全国1位を誇り、品質の改良・加工方法の改善などを通じて、八街の落花生は日本一と称賛されている。新しくなったJR新・八街駅には落花生のブロンズ像がお目見えした。

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九十九里と伊能忠敬

__2 九十九里町小関に「大日本沿岸輿地全図」で知られる伊能忠敬の生家がある。延亨21745年)上総の国山辺郡小関村(現九十九里町小関)に生まれた忠敬は17歳のとき佐原の名主で酒造・米穀商・船運業などを営んでいた伊能家の養子となり、衰退しかけた家業の再興を図った。第10代当主として名主・村方後見などを務める傍らで家業に励み、家産を養子に入ったときの3倍にまで増やした。その後、49歳で家業を長男に譲り、隠居して江戸へ渡り幕府天文方高橋至時(よしとき)に入門し西洋天文学・西洋数学・天文観測の勉学に没頭し、55歳から69歳まで測量の旅に出て全国を回る。「大日本沿岸輿地全図」の全225枚は忠敬の死後3年後に弟子たちの努力で完成し、幕府に提出したが、震災や火災でほとんど残っていないのが現状である。「伊能忠敬・測量の概要」によれば、忠敬が測量した15年間の測量距離は34913.01kmに及ぶ。井上ひさしの著による「4000万歩の男」という小説があるが、この距離でいうと5000万歩という計算になる。

50歳を過ぎてから新しい第2の人生を成功させた偉人のゆかりの地として、老後の生活や新しい生活を築いて行かれるために住まいを見つけられた方に希望を与えてくれる。

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成東・浪切不動尊

Photo_8 伊藤左千夫が詠んだ歌の碑は当地のいたるところで見つけることが出来る。成東町役場の近くの伊藤左千夫記念公園にはアララギ派八歌人の歌碑が立っているし、成東海岸には同郷の歌人蕨眞らとともに海岸を訪れたエピソードとともに歌碑が立てられている。

この、『浪切不動尊』にも左千夫が不動尊の桜を「石塚の岩辺の桜ひた枝に、苔むすなべに振りさびにけり」と詠んだ碑が立てられている。 

浪切不動尊』は奈良時代、聖武天皇が自ら不動明王の尊像を彫り、寺を建てさせたと言われている。その後平安時代には弘法大師が大護摩を催すなど、1200年余りの歴史ある霊場、また県指定の天然記念物として現在に至っている。 

元禄年間、近海で漁船が遭難した際に、船頭はじめ船乗りたちが不動明王の尊号を一心に唱和したところ、忽ち雲中に光明が現れて嵐が鎮まり助かったという逸話が語り継がれている。

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雄蛇ヶ池・四季の鼓動

旅・風景写真家、丹治敏明氏が『ふぉと・カフェ』というサイトで

http://www.photo-cafe.jp/blog/archives/2005/11/post_227.html

oja02 東金在住の高山昭夫さんという人物に触れる記述をしていた。高山さんは元県立高校教諭。定年後に近所の雄蛇ヶ池の魅力を再発見し、丹治氏に師事し写真の相談を受けてもらいながら四季折々の魅力をのべ5000枚もの写真に収めた。

 岸辺が複雑に入り組んだ風景から「房総の十和田湖」との異名を持つ、東金市の雄蛇ケ池(おじゃがいけ)。実は人造のため池で、2014年には完成から400年を迎える。高山さんは、その風景をカメラのファインダー越しに見て「これまで保たれてきた自然の営みを見直した。江戸時代から苦労し、守ってきた先人たちの努力を記録したいと感じた」という。そしてこのほど、雄蛇ヶ池周辺の動植物をテーマに、四季の順番に約70点を掲載した写真集『雄蛇ケ池・四季の鼓動』を東京新聞出版局から自費出版したという。

 咲き誇るハスの花、キジや白鳥など池の動植物の他、池の水をたたえた周辺の水田地帯などを綴った写真の数々は「高山さんの執念が作り出した・・」と丹治氏は賞賛する。書店で3,000円(税込)で手に入るらしい。

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九十九里真亀、海まで歩ける住宅870万円

870__2 【概要】 九十九里町真亀/JR『』10km(バス停「豊海郵便局前」400m)/土地113.08㎡(ほかに私道28.27㎡)建物83.63㎡/駐車場1台/南西5m道路/公営水道・PG・浄化槽/海岸まで徒歩15分・内外装リフォーム済

「マコトのカメ」と書いて「まがめ」と読む。近くに真亀川という川があり、その畔に真亀川総合公園という公園がある。大して看板もないので見落としてしまいがちだが、行ってみるとこれが結構イイ、のである。案外ひっそりとしているのだが、建物も洒落ている。『オリゾンテ』という本格イタリアンレストランがあり、ワイン片手に石釜で焼いたピザなどを食べていると、すっかりリゾート気分である。

この物件、平成3年築だが内外装リフォーム済みでこの価格、安いと思いません?

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千葉の牛乳

千葉県は生乳生産量が全国でも第3位を誇る「酪農県」なのだそうだ。その歴史は約400年余り前の戦国時代にさかのぼるといい、徳川8代将軍吉宗公などはインドから白牛を3頭導入し、乳製品を作らせていたという。そんな酪農発祥の地が南房総にあったりする。

しかし、この辺りに至っては周囲を見回してもさすがに牛を放牧している様な所は見あたらない。

ただ、昔は当地でも結構酪農は身近なものだったらしい。成東町出身の歌人・伊藤左千夫M20青年時代に上京し法律を勉強したが目を患ってあきらめた後、現在のJR錦糸町駅付近で牛を飼い、搾乳を生業として暮らした。その後30歳頃から短歌を始め、本格的な作家活動に入った。「牛飼が歌よむ時に世の中の新(あらた)しき歌大いに起る」左千夫が36歳のときの気持ちをおおらかに表現した名歌である。

千葉産の牛乳を首都圏に流通するフルヤ乳業(古谷乳業株式会社)は、九十九里浜にちなんだ「つくも酪農牛乳」を販売している。昭和20年、戦後の物資乏しい時代に成東町津辺の25坪ほどの飲食店だった建物を買い取って牛乳処理販売を始めたのが創業であるという。

よく探すと今でもわずかに畜産農家があり、千葉県酪農協同組合連合会によれば、山武や九十九里にある牧場では一般消費者のために牛舎を見学・給餌体験などを通じて乳牛と触れ合うことが出来るようになっているらしい。

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まさ王

Masao_01 ウチのお客様の間で密かなヒット商品がある。

「庭付き一戸建て」を持ったまでは良いのだが、夏場の草むしりはちょっとしんどい・・。でも砂利をひいては味気ないし、コンクリートを敷けば予算もかかるし水はけが悪い。そこでいつも提案するのがこの『まさ王』。

①地面をならして固めた後、そこに『まさ王』を敷き詰める。

Maso_02_1  この商品。まさ土が主原料で、水をかけると簡単に固まる。透水性に優れ、水はけが良い。大きな木の周囲だけ敷き詰めるとか自由度が高く、要らなくなったらハンマーで粉々にして土に還る。いたってエコロジカルな商品。

②棒や板など平らなもので表面を均す。

Masao_03 色はグリーン・イエロー・オレンジ・ピンクなどがあり、ブレンドして好みの色合いを出すことも出来る。15kg入りで販売されている。1㎡あたり3袋くらいが目安。

因みに近所のカインズホームでは980円で売っていた。

③最後はジョウロでやさしく水をかけてしばらく放っておくだけ。

詳しくはhttp://www.tokigane.net/shop/49_120.htmlまで。

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JR榎戸駅80m、H14年築1930万円

1930_ 交通:JR榎戸駅80m/所在:八街市八街/土地:153.00㎡/建物105.99㎡/権利:所有権/地目:宅地/用途地域/第一種中高層/駐車場:2台可/接道:北西6m角地/設備:PG・上下水道

JR総武本線、八街駅のひとつ手前の駅から歩ける物件。CD&書店『ツタヤ』80m、スーパー『セイミヤ』120m、ドラッグ『マツモトキヨシ』160mの好立地。

中央に玄関を配し、中に入ると大きな吹き抜けがある。16帖大のLDKはキッチン対面式。脱衣&浴室ともにゆったり1坪タイプ。和室も床の間つきの8帖。2Fは各室収納付きの洋室、主寝室用8帖と子供部屋6帖×2。平成14年築だが立地条件を考えると、下手な新築より良いかも・・・。

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東金・湖月堂のゆず羊羹

千葉から東金方面へほぼ一直線に道がある。慶長181613)年、東金辺鷹狩に向かう徳川家康の命を受けて、新道が作られた。時の佐倉城主・土井利勝は沿道97か村の村民を総動員して1015日の突貫工事で完成させたということから「提灯街道」とか「一夜街道」と呼ばれる。これが船橋~東金へつながる37kmに及ぶ「御成(おなり)街道」の起源である。

「御成街道」の建設と同時に、家康の宿泊兼休憩場所として「東金御殿」が作られた。敷地6700坪・部屋数40もの御殿は土地の農民総出で建立されたものと思われる。翌年正月、家康は「御成街道」を通って東金入りし、東金・九十九里方面で約1週間に及び鷹狩を楽しんだ。御殿は秀忠の時代と合わせて数回鷹狩の際に利用された後、1671年に取り壊された。その後「御成街道」は将軍の名代として鷹狩人が通ったり、九十九里の海産物を江戸に運んだり村民の生活路として利用され、現在の形になった。

Dsc01601 その御殿のあった敷地に八鶴(はっかく)湖という小さな湖があり、市民の憩いの場となっている。湖畔には県立東金高校がある。古い歴史と良き伝統に育まれ、御殿山と八鶴湖など山紫水明の景観にも恵まれたすばらしい環境で学ぶ高校生たちは実に羨ましい。

高校のある対岸に本漸寺という寺があり、その境内に家康が自ら蜜柑の木を植樹したという言い伝えがある。家康は温暖な東金の気候風土が、十男・頼宣(よりのぶ)ゆかりの紀州に相似ていると語り、柑橘の栽培を奨励したという。

東金に来たら老舗・湖月堂の銘菓『ゆず羊羹』を買って帰ることをお勧めしたい。

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埼玉県坂戸あたりとの比較

埼玉県の坂戸市あたりの物件を検索してみた。大成住宅販売さんのHPより東武東上線「若葉」駅徒歩22分の3階建て中古住宅を見つけた。

●所在:埼玉県坂戸市千代田2丁目/交通:東上線「坂戸」からも22分(両駅利用)/土地: 72.80㎡・建物108.06㎡/平成7年8月築/4m一方私道/6DK/価格2080万円(12月12日の最新情報より)

とある。私達は地元以外の取り扱いはしないので 、興味のある方は詳細は大成住宅販売のHPをご参照の上、ワカバウォーク店(049-279-1117)さんへお問い合わせPhoto_3されたし。

一方、写真の駅がJR総武本線「成東」駅である。のどか・・・・である。

この成東駅界隈で、同様に3階建て住宅を探すとどうなるか。

●所在:成東町成東/交通:成東駅徒歩18分/土地:202.88㎡・建物:89.41㎡/平成17年8月新築/3LDK/駐車場2台/接道:北5.0m/浴室テレビ、ホームセキュリティ、24時間換気システム、タッチキー、エコキュート/価格:1980万円 Gakuendai

となる。因みに例えば朝8時30分に東京駅八重洲口にいなければならないとして

Aコース:埼玉県坂戸の場合

自宅6:40分出発(徒歩22分)→東武東上線若葉駅(7:04分発準急)→のりかえ東京メトロ丸の内線池袋駅(8:06分発)→東京駅(8:22分到着)

Bコース:成東の場合

自宅6:40分出発(徒歩18分)→JR総武本線成東駅(7:00分発普通)→のりかえ総武本線佐倉駅(7:26分発快速)→東京駅(8:25分到着)

東京駅で比較すれば朝の通勤はほぼ同条件だった。もちろん、

どちらの物件が良いかはアナタ次第。

info@tokigane.net

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山武のおいしい水

Meisui_4    JR成東駅を降りたら踏切を渡ってしばらく行き、県道118号線(成東山武線)を八街方面に左折。約3km行くと右側に天然湧水がある。民家の私有地を開放したこの湧き水は、地元に住む者にとってはもはやそれほど珍しいものではないが、何処からか車が集まり、いつもポリタンクを持った人の列ができている。隣に金剛勝寺という寺があり、ここにも湧水起源の小さな瀧があって水垢離に使われてきたという。

 「首都圏日帰り名水めぐり100/旅行読売出版社(1997.¥897」や「全国名水の旅首都圏版/山と渓谷社(1995.¥1262)」などを記した写真家の南正時氏が「全国名水大名鑑」というHPに紹介記事を掲載しているために、遠方からはるばるおいしい水を求めて人々がやってくるのだ。

山武町の住宅には井戸水利用のものも少なくないが、私たちの多くは日頃このあたりの湧き水が世間でそれほど貴重なものとされているとは知らずに当たり前に口にしている。

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浄化槽の基礎知識

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日本は、他の先進諸外国と比べ下水道の普及が非常に立ち遅れている。海に囲まれた小さな島国で住宅に適する土地が限られており、戦後の焼け野原の中から約半世紀かけてこれまで街づくりをしてきた中で都市部に人口が一気に集中してしまった背景がその原因である。

普段賃貸アパートや集合住宅に住んでいると案外縁遠い話かもしれないが、何世紀もかけて町が出来上がってきた欧米の先進主要都市と比べると顕著である。イギリスやドイツでは90%台の普及に対して、日本はまだ60%台の普及率にとどまっているのだ。

公共下水のない所で活躍するのがこの浄化槽。浄化槽とは家庭から出る雑排水をバイオの力でろ過し分解するもので、山武町などでは雨水と生活雑排水をろ過し浄化して更に魚が住めるくらいにまできれいにして流す3層式の合併処理の浄化槽の設置を指導している。BOD(有機酸素濃度)10PPM以下という都市部でいう汚水処理場並みの精度の装置を埋設しなさいという指導だ。

しかし、どんなに精度の高い浄化槽を利用していても根本的にそれを流す排水経路のない物件もあるので注意が必要だ。八街市内においても昨日まで芋畑だったようなところに、道路が出来、家が建ってきた。土気町や大網白里町においてもかつてリソート的な分譲の仕方で、半ば山林分譲のような買い方をした物件も少なくない。そうした物件の多くは、都市部ではあたりまえの道路側溝(U字溝)もなく、雨水はおろか生活雑排水さえも浸透層を使って垂れ流すような物件もあった。更にバブル当初はこのあたりの土地値も高く、分譲の規模も30坪前後と言うミニ開発ものの住宅地もあったので、この家も隣の家も向かいの家も排水は浸透式などという中古物件もある。また、目の前にU字溝があってもそうした雨水や排水が流れ着く流末が数十メートル先で切れている物件なども実際に存在する。

「スローライフ」「田舎暮らし」にあこがれて、住宅地を敬遠する人もいるが、こうした住まい周辺の設備について言えば、人口密度の低い所では公営水道/本下水などと言うものは望めないのは素人でも想像できるだろう。

当地でも駅周辺や開発された住宅地ではしっかり排水が確保されている。特に大手業者が取り扱う大中規模開発の現場は、県条例もしくは国土法開発と言って、県知事(あるいは国土交通大臣)の認可に基づいた優良宅地で、公営水道もしくは集中井戸、本下水もしくは集中浄化槽といって分譲地内に巨大な汚水処理システムを配した、給排水に配慮された物件である。

自分の敷地内に個別に浄化槽を使う人は、個人で管理会社と契約し維持管理することになる。3~4ヶ月に一度契約した業者が点検に来て、浄化槽内部の微生物の状態などをチェックしてくれる。維持費は年約16000円~20000円位である。下水道料金よりは安く上がる。

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市町村合併

構造改革の波は公共事業の見直しや郵政民営化、年金改革にまで及び、地方行政のサービスのあり方まで見直しがかかっている。今後少子高齢化によって、労働人口(納税人口)が減り年金需給者が増えていく中で、限られた財源を有効に活用するための抜本的な見直しとして市町村合併もそのひとつである。

まず、この山武郡市をはじめとしたこのエリアは、八街市・東金市以外は松尾町・成東町・山武町・大網白里町・九十九里町と町制を敷いている。ほとんどが2万人から7万人くらいの小さな自治体で成り立っているために、今後①労働人口比率の改善 ②十分な基幹産業の確保 ③医療の充実 などが課題にならざるを得ない。そうしたときに、環境や目的が似通った地方自治体同士が統合協力し合って経営改善するというのは民間企業では日常に行われる光景と同じである。

この周辺では、山武町・成東町・松尾町・蓮沼村の4町村が平成18年を目処に「さんむ市」として統合するべく調整を進めている。

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子供時代を過ごす場所

Photo_6 最近、登下校時に子供が犠牲になる事件が目立つ。失われた幼い命やその周囲の人々のことを考えると、詳細を伝える報道にさえうんざりする事がある。

子供時代、登下校中の出来事が一番面白かった。この季節なら朝は霜柱のある場所をえらんでザクザクと踏みつけて歩いた。氷の張った場所を見つけてはスケートごっこをした。帰りは校庭の傍らにランドセルを放り投げて日が暮れるまで遊んだ。仲間と帰るときはじゃんけんでカバン持ち遊びをしながら帰った。その頃だって「おかしな人には着いていくな」とか「危ないからまっすぐ帰って来い」とか、親からはメチャクチャ説教された。

東金・九十九里は気候は確かに温暖である。同じ関東で今朝、初雪が降ったところがあったと聞いたが、窓辺には今日も暖かな日が射している。一方で都心に比べて朝晩は冷え込む。ヒートアイランドで氷も張らなくなった都会に比べ、空気が澄んでいることの証明である。

無論、この時代なのでおかしな人間は何処にでもいると思ったほうが良い。用心するに越したことはない。しかし自然に触れ、周囲の大人たちにに暖かく見守られながら伸び伸びと育った子供は、大人になってもあんな事件を起こすようなことはしないだろう。故郷の風景が人間としての感性の軸をブレさせないのである。

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関東新築3980万円の旅

リクルート住宅情報「タウンズ」誌上で、3980万円で買える木造新築住宅を旅してみた。

住宅情報タウンズ「湘南版11.30号」より

①東海道本線「藤沢」駅徒歩11分/土地102.04㎡・建物94.77㎡/(2F建)4LDK/駐車場2台/神奈川県藤沢市藤ヶ丘/3850万円(税込み)

②横須賀線「大船」駅4分/土地107.23㎡・建物103.5㎡/(3F建)4LDK/駐車場1台/神奈川県鎌倉市岡本/傾斜地含・セットバック/3995万円(税込み)

住宅情報タウンズ「横浜・川崎版12.7号」より

③京浜東北線「川崎」駅バス11分停歩4分/土地78.57㎡・建物99.62㎡/(3F建)駐車場1台/神奈川県川崎市川崎区/3980万円(税込)

住宅情報タウンズ「城南版12.7号」より

④田園都市線「高津」駅徒歩15分/土地61.64㎡・建物100.97㎡/(3F建)4LDK/神奈川県川崎市高津区/3895.8万円(税込)

⑤東京モノレール「天空橋」徒歩2分/土地52.08㎡建物74.21㎡/(3F建)/セットバック/東京都大田区羽田/3980万円(税込)

住宅情報タウンズ「多摩版12.7号」より

⑥京王線「中河原」駅徒歩14分/土地82.17㎡・建物75.73㎡/(2F建)3LDK/東京都府中市四谷/3980万円(税込)

⑦中央円「立川」駅徒歩15分/土地51.42㎡・建物78.87㎡/(3F建)3LDK/東京都立川市錦町/3980万円(税込)

住宅情報タウンズ「埼玉東版12.7号」より

⑧東武伊勢崎線「春日部」駅徒歩12分/土地132.4㎡・建物105.99㎡/(2F建)4LDK/埼玉県春日部市梅田/3980万円(税込)

住宅情報タウンズ「京葉版11.16号」より

⑨常磐線「柏」駅徒歩14分/土地127.63㎡・建物100.19㎡/(2F建)4LDK/千葉県柏市柏/3960万円(税込)

⑩北総線「矢切」駅徒歩15分/土地133.1㎡・建物96.67㎡/(2F建)4LDK/千葉県市川市中国分/3880万円

誌上で見ると住宅の着工が相次ぎ、何処も割安感がある。

ところで、もし同じ予算で当地で新築を建てたらどうなるか?という命題に果敢に取り組んだ建売住宅がある。

JR東金線福俵駅徒歩1分。

http://tokigane-walker.cocolog-nifty.com/do/2005/12/post_30b6.htmlを参照

土地290.96㎡・建物139.46㎡、高断熱・高気密住宅、セントラル空調完備、SECOM完備、マルチメディア配線完備!! これだけの豪邸が3830万円(税込)で建った。

さらに同条件で、

土地346.1㎡・建物166.69㎡の住宅が4470万円

土地435・55㎡・建物238.49㎡の住宅が5950万円

で完成した。生涯使うものだから、同じ予算で捜すなら一度見学してみることをお薦めしたい

info@club-mcn.co.jp

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伊藤左千夫生家

Photo_4成東町には小説『野菊の墓』で知られる歌人伊藤左千夫ゆかりの建物や歌碑がそこかしこにある。左千夫は18648月、今の殿台の農家に生まれた。父は、農業の傍らで上総道学の流れをくむこの地方でも優れた漢学者で、和歌にも通じていたという。

左千夫の生家は、殿台の成東町歴史民族資料館の裏に大切に保存されている。建物は約200年前後のもので平屋茅葺。間口8間・奥行6間の母屋。土蔵のほか茶室がある。敷地内には、1981年に映画化の記念に松田聖子が贈ったという記念樹があった。

 左千夫は17歳で上京し、正岡子規を師と仰いで歌人として本格的に活動を始めたのは36歳の時のこと。その後「馬酔木(あしび)」を経て、当時いまの山武町にいた歌人蕨眞(わらびしん)とともに歌壇「アララギ」を創始し、門下からは島木赤彦、齋藤茂吉などの大歌人を輩出させた。左千夫は50歳でこの世を去るまで歌人としての13年間に短歌以外にも多くの小説、随筆、写生文を残した。そのうちのひとつが『野菊の墓』である。

  左千夫は茶人としても有名で、同郷の歌友蕨眞(わらびしん)の協力を得て郷里の山武杉を使って本所茅場町の自宅内に一戸建ての茶室を設けた。「唯真閣」と呼ばれたその茶室は、左千夫の死後転々と移築され、昭和17年に現在の生家に移されたらしい。

t※注、これは売り物ではありません!!

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15年という歳月が物語るもの

Photo_291年の夏、千葉県印旛郡八街町(今の八街市)で一戸建ての分譲が始まった。当時の通勤ダイヤで東京駅からJR八街駅までは快速で約1時間半、更にバスで15分、そして徒歩8分と通勤時間は2時間見なければならなかったこの分譲に客が殺到したのだ。

1次分の25戸の平均応募倍率が14.6倍、最高時は47に達した。

売り出したのは日本新都市開発。『エステ・シティ佐倉野』は総開発面積99,300㎡・全367戸。第1次分の敷地面積は148159㎡、延べ床面積は111123㎡。

東京都や神奈川県からの申し込みが過半数を占めた。平均年齢は35歳以下が3分の1。平均年収は620万円。『年収550万円程度から購入できる』とPRし、価格を4000万円未満に抑えた、一次取得者の手の届く範囲にターゲットを絞った作戦が当たったのである。

さらに25戸のうち13戸には駐車場を2台分設けた。郊外に立地したことやJR佐倉駅まで車を使う購入者を考えたことも遠隔地の住宅の企画として必要だった。実はほとんどの客は佐倉駅までマイカーを使い、実質的な通勤時間を短縮するという自動車社会だからこそ成功したとも言える。

15年の歳月が流れて、八街町は八街市になっていた。郊外型の大型スーパーやホームセンターが各所に出店し、生活の至便性も向上した。通勤時にはJR八街駅始発の通勤快速が走るようになった。当時人気の分譲は「希望が丘」という成熟した住宅街になり、インターロッキングが敷き詰められたメイン通りの街路樹も大きく成長した。通りに面して、団地のほぼ中央に位置した当時集会場用地だった宅地に建売住宅が登場した。

敷地面積174.81㎡、建物面積102.64㎡の3LDK。南仏風の外観、玄関に入ると広いホールに大きな吹き抜け。4尺(約120cm)幅の階段、天井にはシックハウス対策用の換気口、マルチメディア情報先行配線が施されており各室がLANで結ばれている。セコム完備、さらにIHクッキングヒーター、浴室には12インチのTV‥‥。価格2290万円。低金利の今では『年収300万円程度から』100%ローンでも購入が可能になった。時代は大きく変わった。

2006.3付記ご成約しました。

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九十九里鉄道

Photo_1 今は東金市街地から海岸まで車を利用する人がほとんどだが、昔は海岸まで鉄道があったという。
松本清張の『九十九里浜』という小説の中に次のようなくだりがある。

『大網で乗り換えて次の東金で降りると九十九里鉄道の貧弱な駅が眼の前にあった。汚い廃車が待避線に棄てられたように据えられてある。駅の中の時刻表を見上げると、片貝行きは二時間も待たねばならなかった。

昭和31(1956)頃の光景である。(あくまでその頃の話であって、今はそんなことないのでご安心を
九十九里鉄道は『軌道』の名で1926年に開業し1961年に廃線になるまで勾配もない東金-上総片貝間8.6kmのほぼ直線を所要時間2426分で走り、海水浴シーズンにはあふれんばかりの客を運んだという。
それから40年以上もたった今もその名残は各所に見られ、かつての駅跡は駐輪場などとして面影を伺い知ることができる。
東金市内は住宅地に埋もれ、跡を辿るのは大変だが街の切れ掛かった辺り(旧堀上-家徳間)では路盤は用水路に転用されていた。東金市浄化センターより上総片貝側からはしっかりと路盤が残る区間もあり、容易に跡を追って行くことができる。家徳地区は線路跡が生活道路として利用されている。これを抜けると築堤がしっかり残った区間になり、東金市境界線まで続く。九十九里町に入ったところで線路跡はサイクリングロードとなり、片貝の町まで続いている。
当時の九十九里鉄道は今はバス会社としてその名を残し、軌道の終点上総片貝駅は現在、九十九里鉄道バスのバス転向場となりバス停表示も未だに「片貝駅」となっている。

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海の近くに住みたいなら・・・

1270 八街市に始まり、山武・成東町を横断して九十九里から太平洋に注ぐ『作田川』という川がある。途中、源川・境川・高倉川と合流して流れる全長約20kmの旅の終わりがこの片貝漁港である。九十九里を訪れたら釣り船やクルーザーが停泊するこの小さな河口の港に一度は行ってみたい。
漁港に入る河口沿いの道路に風格のある石碑が建っている。『待てど暮せど来ぬ人を 宵待草のやるせなさ こよひは月も出ぬそうな 』大正時代に美人画で一世を風靡した竹久夢二が絵入り小唄集で発表した詩「宵待草」を刻んだ碑だ。潮の香りと降り注ぐ日差しとはまったく対照的なしっとりとした大正時代のロマンを感じられる誌碑のミスマッチが心地良い。(碑の裏には『涼しき土地』の一節が刻まれている。)

この付近にセカンドハウス、というか海釣りやサーフィンのための前線基地として小住宅を建てる人は多い。
◎九十九里町片貝(JRから約7km・最寄のバス停から350m)/昭和63年築/土地275.28㎡/建物119.24㎡/東南道路/公営水道・PG・浄化槽水洗/駐車場2台/1F:キッチン4帖・ダイニング6帖・リビング8帖・和室8帖/2F:洋8帖・主寝室8帖・和室8帖の4LDK、内外装リフォーム済み中古住宅が1270万円

塩害?海岸から1~2km位では実際ないとは言えないが、それを気にしたら海の近くには住まない方が良いでしょう

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新築住宅はどこまで安くなるのか?

1780_5 八街市は県内屈指の農業地帯である。農業人口は千葉市についで2位、農業産出額も銚子市についで2位であり、特産の落花生は全国にその名を知られている。この農業地帯に変化が兆したのは1985年。人口増加のカーブが目に見えて上向き始め、90年からの10年間には商圏人口が48%増と、急上昇を描いた。
首都圏の地価高騰に伴い、持家を求める人が郊外へ流出、その先の一つが八街だったということである。八街は都心から50km圏内で、電車ならJR千葉駅まで約30分、朝には東京駅まで1時間18分で結ぶ快速もあり、千葉市はもとより都心への通勤圏なのである。
八街の面白い所は近隣市町村に比べて若い世代が多いという所である。年齢別人工構成比率は5歳~19歳、35歳~49歳が全国平均に比べてきわめて高く、つまり未成年の子供とその親で構成される若い世代の核家族世帯が多数転入してきている地域であることがうかがえる。しかも若年世帯が多い地域にもかかわらず、一戸建て住宅世帯比率が90%と全国平均(58%)、千葉県平均(58%)を遥かに上回っていることも大きな特徴だ。
一般に人口が急増しており、核家族世帯が多いというのはニュータウンなどのように住宅や商業施設が計画的に造成・開発されている場合が多い。しかし、八街の場合人口の増加傾向にあるにもかかわらず、小売店数がそれに追いついてこなかったようだ。
八街駅周辺は古い町並みで東京千葉から成田銚子方面への物流の経路になっており、駅周辺は慢性的な交通渋滞が見られる。
八街市を縦断するように国道409号線が走っていて途中JR総武本線が横切り、踏切を渡ると右に左にファミリーレストラン、ショッピングセンター、ドラッグストア、ホームセンターなどなどが立ち並んでいる。この文違(ひじかい)地区に大小店舗の出店ラッシュが相次いでいる。
この物件、
 八街駅からバスに乗って6分「富山入口」停歩5
 敷地151.41㎡・建物97.71㎡/公営水道・PG・集中浄化槽 
 今年3月に完成した4LDK(駐車場2台)
で、お値段1780万円!! これなら若い人でも買いたくなるのも分かる。

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H4年築、ニュータウンの家庭菜園付き  980万円

980_2 JR成東駅は特急停車駅。とてもレトロな列車『しおさい』号が東京駅を目指します(所要時間1時間2分)。海水浴にイチゴ狩りにこの土地を訪れる人はまずその『しおさい』号の懐かしい勇姿に妙な感激を覚える。25周年をむかえた『しおさい』号がついに明日1210日に新型E257系車両としてモデルチェンジする。
成東駅から本須加海岸へ向かうバスに乗って数分、『白幡ニュータウン』で降りて歩く事810m。建物面積105.99㎡、1階に14帖のLDK6帖の床の間つきの和室、2階に9帖・6.5帖・8帖の洋間+3帖納戸4SLDK、某ハウスメーカー施工による住宅が売り出されている。敷地面積115.73㎡と比較的小さめだが、この物件にはオマケ(?)か付いている。それは・・
物件から歩いて90mの所に127.78㎡(本地より大きい)の家庭菜園用地が付いてくるのだ。家庭菜園用地といってもれっきとした住宅地。公営水道、本下水道が入っている。2世帯住宅を建てるならこの敷地に別所帯を建てるのもイイ。かえってこの「スープの冷めない距離」が絶妙な気もする。

※2006/02/13付記 850万円に値下げされました。

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JR大網駅

Photo 大網駅の誕生は明治29年、房総鉄道が後の外房線になる蘇我駅~大網駅間を開通させた時までさかのぼる。その1年後に一ノ宮間が開通、さらに3年後東金線となる東金間が開通した。
詩人であり彫刻家でもあった高村光太郎が、精神に異常をきたした愛妻・智恵子の療養地として九十九里浜の真亀を選んだのは昭和9年のこと、光太郎は東京から毎週、智恵子を見舞うために通ったという(『智恵子抄』は九十九里が舞台で、現在も智恵子が住んだ家が保存されている)。
当時の大網駅は今の場所にはなく現在の場所より約600mほど東金よりの平地にその名残を見ることが出来る。当時は一旦旧大網駅まで乗り入れた列車はスイッチバックして一ノ宮方面まで向かった。旧大網駅からジャスコ『アミリー』方面に当時の一ノ宮方面へ行く線路跡がある。列車が電化された昭和47年になって現在の位置へ移動された訳だが、駅前のロータリーに立つとカーブして別れてゆく外房線と東金線のプラットホームが少し不自然な配置でおかれているのが分かる。
駅舎が高架になった理由は3
一ノ宮方面へのスイッチバック運転を解消する
大網から土気へ向かう勾配がきつすぎて列車の運行そのものが大変な難関だったの で電車を高架にして緩やかな勾配を作って運行しやすくする
天候によっては周辺が冠水するため
と言われ、山間大網から東京までのアクセスが飛躍的に改善されたのは平成2年に現在のJR京葉線が全線開通してから後、年々ダイヤ改正を重ねながら蘇我経由の直通電車が出来上がったからである。
都心などから訪れる人は、大網・東金が都心から思っていたよりも近い事に先ず驚く。電車でも大網駅から東京駅まで53(京葉線利用)で行けるのだから、都心にこれだけ近く、これだけ自然に触れることが出来る地域に住めるのは贅沢な話である。
そんな大網駅徒歩17分、土地129.45㎡・建物86.95㎡、平成7年築(4DK・駐車場有)の中古住宅が内・外リフォーム済みで1,280万円で売り出されたりするのだから、オドロキである。

 旧大網駅から永田方面へ行く旧線は、短絡線として残され貨物列車が大網~土気間の勾配を避け総武本線経由で東金を通り運転するためにしばらく利用されていた。その後短絡線を通過する貨物列車が廃止されたために短絡線も平成9(1997)12月廃止されました。

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ときがね湖

__1 東金市にはバスフィッシングで有名な『お蛇が池』や歴史と桜の名勝『八鶴湖』な ど大小の湖や池がある。その中に『ときがね湖』という湖がある。東金市街から緩やかに丘を上ったところにあるこの人工湖は大手デベロッパーの開発によるその名も「レイクサイドヒル」という住宅街(総面積1,670,000㎡・計画戸数2,800戸)のほぼ中央に位置し、文化会館・バラ園・テニスクラブ・ブドウ園などが近接するこのニュータウンのシンボルでもある。

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歳で芸能界を引退し、セミ・リタイアという言葉を流行らせた大橋巨泉氏はベストセラーになった著書「巨泉 人生の選択」という本の中に彼のライフスタイルをこう記している。
11
月~12月  真夏のオーストラリア、サンクチュアリーコーブへ
12
月~翌2  より暖かいオークランドへ
2
月~4月   再びオーストラリアへ
4
月~5月   日本、東金に滞在し桜を楽しむ
6
月~9月   カナダ、バンクーバーへ
9
月~11月  日本に滞在し紅葉を楽しむ
大橋巨泉氏が言う土地選びのポイントは、
1)温暖である
2)安全である
3)パートナーも楽しめる
4)自分の趣味が十分活かせる
との事らしく、氏によれば東金はそれに適した土地のようだ。

成田空港まで車で約40分、九十九里海岸まで約20分、しばしば芸能人のチャリティゴルフなどが行われる新千葉C.C.や東千葉C.C.などへも程近いこのニュータウンに氏が住まいを構えたのも頷ける。
1周約3.5kmの周遊遊歩道のある「ときがね湖」は散歩やジョギングなどをする住民の憩いの場になっている。

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平成2年築、ニュータウンのリフォーム済み一戸建、980万円

980_1JR総武本線というのは千葉から銚子方面へ向かう路線のこと。
JR
千葉駅から約40分の所に日向(ひゅうが)という無人駅。でも意外なほど人の乗り降りがある。駅をおりて左手の丘の上に小学校の校舎を見ながら程なく歩くと『日向ニュータウン・寿団地』という住宅街が現れた。計ってみると1.4km。
その一画にこの物件。平成2年築の住宅だが内外装も綺麗にリフォームされている。敷地49.61坪に建物が32.99坪。
この物件の面白い所は間取り。
リビングの奥に独立したキッチンがあるのだが、動線に工夫が施されており、キッチンからトイレ・洗面・2階・庭 (勝手口あり)へ2WAY・3WAYのフットワークの良さが面白い。
2階に上がると3部屋あり、6帖・8帖の洋間、そしてバルコニーに面した床の間付きの8帖の和室がある。
田舎の一戸建ては個別の井戸ポンプを利用する物件や排水経路がないような物件が多い。その中でこうした団地にある物件は宅地開発時にガス・排水などの施設を作ってあり、上水道についても近年に町営水道が敷設されている。

info3@tokigane.net

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ライトフェスタinさんぶの森

In__1平成10年、豊かな自然を次の世代に残すために「さんぶの森公園」が完成した。その中央には町の象徴とも言える「グリーンタワー」が聳え立っている。毎年冬、この「グリーンタワー」が見事なイルミネーションで飾られる。

「元気ある町民が地元を誇れるものを作りたい」商工会青年部の有志数名が何か楽しい事を企画しようと始めたのが、この『ライトフェスタ in さんぶの森』である。最初は白熱電球を購入してもらってグリーンタワーを電飾したのが始まり。やがて一人一人の電球がたくさん集まって、60mのタワーを見事に輝かせることが出来るようになった。
イベントの内容も実行回数に伴い、手作りランプによる地上絵・ペットボトルオブジェ花火ステージ露店等と内容も充実し、毎年たくさんの人々が参加し、集まるイベントに育って行った。

それに伴って、実行委員会も商工会青年部だけでなく、イベント協力者、団体、ボランティアなどの協力を得て盛大に開催されるようになった。

町おこしの特殊な例としてNHKTBS等マスコミも取材に来た。県内他市町村や遠く新潟からも視察が来る様にもなった。町への愛着心を育て、将来にわたり末永く住み続けたいと思う町作りに貢献し、子供たちに良き故郷を残してあげたい!!
様々な企画の中に「未来郵便」と言う企画がある。約1000通のハガキが用意され、来場者はそれぞれ未来の自分や知人宛にこの日の想いを認める。そしてそれが忘れた頃に届くというものだ。こうしたささやかだが心憎い演出を散りばめて、1210日、今回で7回目になるこの真冬の夜祭りは地元の有志を始め多くの人々の手により他にないココロ温まるイベントとして繰り広げられた。

イルミネーションはクリスマスまで町の人々の目を楽しませてくれる。

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鴨が飛来する調整池

Photo_3 たとえば今日、東京駅からここへ行ってみるとする。

①東京駅から17時16分発、京葉線(快速)に乗る  ・・・・・・41分

②蘇我でのりかえ18時05分発、外房線(大網経由成東行き)に乗る ・・・・・・24分

③JR東金線福俵駅下車、徒歩  ・・・・・・8

JR福俵駅は大網の次にある駅。感動的なほどシンプル(?)な無人駅である。電車での東京駅からの所要時間は乗り換えも含み1時間13分である。

駅前は区画整理されており、最近新築住宅の着工が相次ぎ活気づいている。「通勤が出来る田舎」に住みたいと思ったら、こんな魅力的なところはない。住宅の写真を撮りに行ったつもりが、思わず調整池で遊ぶ鴨クンたちにカメラを向けていた。

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